西洋で愛された明治の絵師
竹内棲鳳と小原古邨
2003年1月26日(日)〜2月16日(日)



<作家紹介 竹内棲鳳>
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<作家紹介 小原古邨>
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◆竹内棲鳳(栖鳳) 元治元年(1864)〜昭和17年(1942)◆

京都に生まれ、湯河原で没。幸野楳嶺の門に入り、早くから 画才を認められた。若い棲鳳は木版画の素晴らしさを熟知し、 優れた技術を持った彫師、摺師と共に数々の名作を出版して いる。欧米では日本画よりも木版画の方が評価が高いのは 三者の感性と技巧が結びついた努力の結晶だからであろう。 日本画家として共進会等に出品。明治33年ヨーロッパ各地を 回って34年帰国、棲鳳から栖鳳に号を改め、清新な写生的 作風を展開した。昭和12年第1回文化勲章を受章し、近代 日本画の先駆者となって、洗練した画風を築いた。昭和12年 以降にも芸艸堂より名作木版が「春宵」など出版している。 明治期に創られた木版画は主に西洋への輸出用だったので 日本に残存するものは少ない。このたびは明治27年に出版 された富士を主題の木版画12点を展示致しました。


◆小原古邨(祥邨) 明治10年(1877)〜昭和20年(1945)◆

明治10年金沢市に生まれた小原又雄は古邨の名で日本画家 として共進会等で活躍。やがてフェノロサの指導により西洋へ の輸出用の木版画を制作。「古邨」の号で版元・松木平吉 (大黒屋)と秋山武右衛門(滑稽堂)から花鳥木版画を出版 する。古邨の描く下絵をもとに彫師、摺師の卓越した職人技が 生み出すみごとな木版画は欧米の多くの美術館、コレクターに 収蔵された。
明治40年ごろに出版された木版(多色)画12点を展示致しました。




田計里  ¾¾ 乾罟の快晴
小原古邨
田計里
明治40年・木版画
34.2cm×18.8cm


竹内棲鳳
乾罟の快晴
明治27年・木版画
17.5cm×29.2cm



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茜画廊
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